韓国の大学の学科人気は、順位表というより地震計に近い。政府が医学部の定員をいじればその年の浪人生の数が動き、大統領が「AI三大強国」と言えば翌年、AI学科の志願者が16%増える。2026年度の入試は、その揺れが最も大きく記録された年だった。30年間びくともしなかった医学部の座に初めてヒビが入り、そこへサムスンとSKが名を冠した学科が割って入った。

まず結論から

  • 医学部は依然として1位だ。2026年度定時追加募集で6人の枠に2,498人が殺到した(416.3倍)。
  • ところが定時の医薬学系志願者は前年比24.7%減 — 統計で確認された初めてのヒビだ。
  • その空いた席を大企業の契約学科が埋めた。定時志願者2,478人で過去最多(前年比+38.7%)。
  • AI学科は2年で志願者が約6割急増。定員を増やしても競争率はむしろ上がった。
  • 反対側では人文系の就職率が61.1%で全系列最下位。8年間で学科が148個消えた。
416.3
2026年度医学部定時追加募集の平均競争率(6人募集/2,498人志願)
2,478
大企業契約学科の定時志願者 — 過去最多、前年比+38.7%
+60%
主要20大学AI学科の定時志願者増加率(2024→2026年度)
61.1%
人文系の就職率 — 全系列最下位(2024年卒業者)

韓国の学科人気はなぜこれほど激しく揺れるのか?

韓国の大学入試には、他国にない構造的な特徴がひとつある。学科を志願の段階で確定してしまうことだ。アメリカのように2年生で専攻を選ぶ余地も、イギリスのように学位課程に入ってから調整する余地もほとんどない。18歳で書く願書1枚が、職業を決める。

だから学科の人気は、そのままその年の就職市場の見通しになる。半導体の市況が良ければ半導体学科の合格ラインが上がり、政府がAI予算を増やせばAI学科の競争率が跳ねる。ヨーロッパの大学なら5年はかかって反映される産業の変化が、韓国では翌年の願書統計にすぐ現れる。

外国人読者が先に知るべき用語3つ

  • 随時(スシ) — 9月に志願する入試方式。内申・活動記録・面接などを見る。最大6校まで志願できる。
  • 定時(チョンシ) — 11月の修能(スヌン、大学修学能力試験)の点数で12月〜1月に志願する方式。最大3校。
  • 競争率 — 募集人員に対する志願者数。韓国の記事で「48.5倍」とあれば、1席に48.5人が志願したという意味だ。

医学部はまだ1位なのか? — 王座に生じた最初のヒビ

結論から言えば、まだ1位だが、20年ぶりに指標が下を向いた。

まず、依然として圧倒的だという証拠。2026年度定時追加募集で、全国の医学部5校が残った席わずか6人分を募集したところ、2,498人が志願した。平均416.3倍、啓明大学医学部は655倍だった。医・歯・韓・獣・薬に広げれば、22校37人募集に8,376人(226.4倍)が殺到した。

ところが同じ年の別の数字は、正反対の方向を指している。

🩺 2026年度医薬学系随時の平均競争率(鍾路学院集計)

系列2026年度2025年度方向
薬学部34.83倍医薬学系で最高
医学部25.28倍下落
獣医学部20.38倍
韓医学部18.62倍
歯学部18.10倍
医・歯・韓・獣・薬の平均25.81倍27.94倍▼下落

医・歯・韓・獣・薬全体の随時志願者は前年比31,571人(21.9%)減。定時では医薬学系の志願者が24.7%減った。熱が冷めた理由は政策だ。2025年度に時限的に増やした医学部の定員が2026年度に3,058人へ原状復帰したことで、「いまが最後のチャンス」と押し寄せていた再挑戦組が抜けていった。

整理するとこうだ。医学部を目指す人の絶対数は減ったが、残った席をめぐる競争はむしろ極端に激しくなった。追加募集655倍という数字は、熱が冷めたという統計と矛盾しない — 単にドアが狭くなったからだ。

サムスンとSKが大学の学科を運営する? — 契約学科という韓国式の発明品

外国の読者がこの記事で最も違和感を覚えるのが、ここだろう。韓国には大企業が大学と契約を結んで直接運営する学部課程がある。契約学科と呼ばれる仕組みだ。

仕組みは単純だ。企業が学費の全額または大半を負担し、カリキュラム設計に参加し、インターンシップを提供する。学生は卒業すれば、その会社への就職が事実上保証される。20歳で入学した瞬間、24歳の職場が決まるようなものだ。

🔬
西江大・システム半導体工学科
SKハイニックス。2026年度随時48.50倍で契約学科全体のトップ。
☁️
嘉泉大・クラウド工学科
カカオエンタープライズ。37.57倍。企業別の平均競争率1位。
⚙️
漢陽大・半導体工学科
SKハイニックス。36.59倍。男子トップ層の「医学部の代替」筆頭候補とされる。
🔋
成均館大・バッテリー学科
サムスンSDI。2026年度新設。随時17.94倍・定時46.17倍と初年度から人気。

現在契約学科を運営する大企業は7社 — サムスン電子、SKハイニックス、現代自動車、LGディスプレイ、LGユープラス、カカオエンタープライズ、サムスンSDIだ。高麗大・延世大・成均館大・POSTECH・慶北大・漢陽大・西江大・崇実大・嘉泉大の9大学と、KAISTを含む4つの科学技術院に学科を置いている。

🏭 2026年度大企業契約学科の随時競争率(鍾路学院集計)

#学科提携企業随時競争率
1西江大・システム半導体工学科SKハイニックス48.50倍
2嘉泉大・クラウド工学科カカオエンタープライズ37.57倍
3漢陽大・半導体工学科SKハイニックス36.59倍
4成均館大・半導体システム工学科サムスン電子31.22倍
5成均館大・知能型ソフトウェア学科サムスン電子23.29倍
6成均館大・バッテリー学科(新設)サムスンSDI17.94倍
7慶北大・電子工学部モバイル工学専攻サムスン電子17.85倍
8高麗大・次世代通信学科サムスン電子14.10倍
9高麗大・スマートモビリティ学部現代自動車13.00倍
10POSTECH・半導体工学科サムスン電子12.38倍
11延世大・ディスプレイ融合工学科LGディスプレイ12.22倍
12高麗大・半導体工学科SKハイニックス12.04倍
13崇実大・情報保護学科LGユープラス11.58倍
14延世大・システム半導体工学科サムスン電子11.01倍

ここで面白いのは、企業の業績がそのまま学科の人気に翻訳される点だ。2026年度、SKハイニックス連携3大学の平均競争率は30.98倍と前年(28.15倍)から上昇し、志願者も22.2%増えた。一方サムスン電子連携5大学は18.33倍と前年の21.16倍から下がり、志願者は4,973人から4,492人へ9.7%減った。HBM特需に乗ったSKハイニックスと、そうではなかったサムスン電子のその年の株価が、18歳の願書にそのまま反映された格好だ。

韓国の入試記事を読むときの罠

  • 契約学科の競争率は水増しに見えやすい。随時は6回まで志願でき、半導体の契約学科は医薬学系と重複合格することが多い。医学部に受かれば契約学科を蹴る学生が少なくない。
  • それでも一般高基準の合格ラインは1等級の初〜中盤で大きく揺れない。上位4%の内側だ。
  • 半導体契約学科の合格者は男子比率が80%を超えるとされる。性比の偏りが最も激しい最上位の学科群だ。

AI学科はどれほど熱いのか? — 席を増やしても行列が伸びる学科

一文で答えるなら、大学が定員を30%増やしたのに競争率は上がった。

鍾路学院が全国の主要20大学の2026年度定時を分析した結果、AI関連学科の志願者は4,896人で、前年(4,222人)比16.0%増。2024年度の3,069人と比べれば、2年でおよそ60%の急増だ。

同じ期間、大学側も手をこまねいていたわけではない。20大学のAI学科の定時募集人員は498人(2024年度)→545人(2025年度)→648人(2026年度)と増やした。ところが志願者の伸びがそれを上回り、競争率はむしろ上がった。

🤖 2026年度主要大学AI関連学科の定時競争率

大学・学科競争率備考
ソウル市立大・先端人工知能専攻36.0倍
西江大・AI基盤自由専攻学部28.6倍2025年度新設
世宗大・AI融合電子工学科26.0倍
国民大・AIビッグデータ融合経営学科(自然系)13.2倍
韓国外大・Language&AI融合学部10.9倍言語+AI融合
梨花女子大・人工知能データサイエンス学部(自然系)10.8倍
西江大・人工知能学科7.2倍西江大のAI2学科平均は23.5倍
高麗大・人工知能学科5.5倍志願者前年比+36.0%
中央大・AI学科4.6倍志願者前年比+14.8%

地域別の増加率がさらに印象的だ。京仁圏の2大学(檀国大・竹田キャンパス、仁荷大)は志願者が49.6%急増し、地方圏の7大学も29.7%増えた。ソウル圏11大学は12.6%増。ソウル偏重が極端な韓国の入試で、地方・京仁圏の伸びがソウルを上回るのは珍しいパターンだ。

この流れの背景には政府の政策がある。2025年6月に発足した政権が「AI三大強国」を国政課題に掲げると、大学は競ってAI学科を新設・統合し、受験生も「政府が押している分野」というシグナルを読み取った。鍾路学院のイム・ソンホ代表は「一般の工学系よりAI関連学科を優先する、信念を持った志願の傾向がはっきりしてきた」と分析する。


では文系はどうなっているのか? — 消えていく学科たち

この記事で最も暗い箇所だ。

📉 系列別就職率(2024年度高等教育機関卒業者、教育部・韓国教育開発院)

系列就職率維持就職率
医薬79.4%81.4%
教育71.1%85.7%
工学70.4%85.8%
全体平均69.5%81.8%
社会69.0%82.7%
芸体能66.7%67.8%
自然65.4%78.8%
人文61.1%79.0%

人文系は就職率最下位で、医薬系とは18.3ポイントの差がある。地域格差も重なる。首都圏大学の卒業者就職率は71.3%、非首都圏は67.7%だ。地方大学の人文系は、二つの不利を同時に背負う場所である。

数字は学科そのものの消滅につながった。韓国教育開発院によると、2012年から2020年までに人文系の学科が148個消えた。2025年度からはソウル所在の徳成女子大が独語独文学科と仏語仏文学科に新入生を配分しないことを決め、ソウル圏でも語学文学系学科の廃止が本格化し始めた。

逆に人文系の中で伸びているもの

人文系の最上位学科リストに統計関連学科がじわじわと増えている。2021年の1個から、2023年2個、2024年3個、2025年4個へと増加した。データ分析のスキルが文理の境界を越えた安全弁として認識される流れだ。自由専攻学部の人気上昇も同じ文脈 — 入学時点で専攻を確定しないこと自体が一つの戦略になった。


韓国の高校生は実際どんな職業を望んでいるのか?

入試の競争率は「何が有利か」を示すが、「何をしたいか」には別の調査が答える。教育部と韓国教育開発院の2025年初・中等進路教育実態調査の結果はこうだ。

高校生の希望職業1位は教師、2位看護師、3位生命科学者・研究者だった。3位は2024年の7位から四段階も上がった結果で、バイオ・生命科学分野への関心が急激に高まっていることを示す。

もっと面白い変化は、進学計画そのものにある。

64.9%
大学進学希望の高校生の割合(2025年)— 2024年66.5%、2015〜2023年は70%台
15.6%
就職計画の高校生の割合(2025年)— 2023年の7.0%から2年で2倍以上
3.3%
起業計画(2025年)— 2015年の1.0%から3倍以上

10年近く70%台で動かなかった大学進学希望率が、2年で5ポイント以上も下がった。学科をめぐる競争がこれほど激しくなる一方で、反対側では競争そのものから降りる流れが静かに大きくなっている。


2026年韓国の学科地図 — 1枚でまとめ

🗺️ 系列別の現在地

区間学科状態
最上位(自然)医・歯・韓・薬・獣医学部1位維持、志願者数は減少へ転換
最上位(自然)大企業の半導体・バッテリー契約学科急上昇、過去最多の志願
上位(自然)AI・人工知能・データサイエンス2年連続急騰、定員拡大でも競争率上昇
上位(自然)コンピュータ工学・電気電子安定的な強さ
中上位(人文)自由専攻・統計・経営人文系内では相対的に強い
下落(人文)語学文学・哲学・史学就職率最下位、学科廃止が進行
別軸教育・看護希望職業調査では1・2位、安定性志向

つまり、これらの数字が語っていること

三つにまとめられる。

第一に、韓国の学科人気は産業政策の鏡だ。 他国では大学が産業の変化を遅れて追いかけるが、韓国では願書の統計がその年の産業ニュースより速いことすらある。SKハイニックスとサムスン電子の競争率の逆転が、その証拠だ。

第二に、「安定」の定義が変わりつつある。 30年間、安定とは医師免許のことだった。いまは大企業の契約学科という形に再定義されつつある。安全弁は資格証ではなく、契約書になった。

第三に、勝者と敗者の格差が学科の存廃レベルまで広がった。 一方では48倍の競争率が出て、もう一方では学科が丸ごと消える。同じ大学のキャンパスの中で起きていることだ。

ただし、このデータが示すのは「何が起きているか」だけだ。なぜ韓国の18歳がここまでするのかは別の話である。浪人生が修能1等級の3分の2を占める国、ソウル大に受かっても入学を辞退する学生が年に180人いる国の文化的背景は、後編で扱う。


データと出典

  • 鍾路学院、2026年度大企業契約学科の定時志願現況分析(2026.01.18)— ファイナンシャルニュース報道
  • 鍾路学院、2026年度主要20大学AI関連学科の定時分析(2026.01.12)— 韓国大学新聞報道
  • イム・ソンホ(鍾路学院代表)、「医学部が冷え、半導体契約学科が最上位ラインに浮上」、エコノミスト(2025.10.11)— 2026年度随時競争率
  • 教育部・統計庁・韓国教育開発院、「2024年度高等教育機関卒業者就職統計調査」(2025.12.30発表)
  • 教育部・韓国教育開発院、「2025年初・中等進路教育実態調査」(2026.07発表)
  • 教育部、2026年度医科大学募集人員3,058人確定発表(2025.04.17)
  • Korea Biomedical Review、2026年度医薬学系定時追加募集競争率報道
  • 韓国教育開発院、人文系学科の統廃合現況(2012〜2020)