1号線・南営駅のホームに立つと、ソウル駅方面の左手に黒いレンガの建物が見えます。窓という窓がない壁面が線路と並行して立ちはだかり、地下鉄は一日に何百回となくその前を通り過ぎていきます。

記念館が自ら綴った言葉が、この光景を正確に言い当てています。「平凡な人びとの日常と、南営洞対共分室の非日常が、これほど近くで共存していた。」

1976年に建てられたこの建物は、2005年まで警察の対共捜査施設として使われ、2025年6月10日、民主化運動記念館として正式に開館しました。見学料は無料です。

まず結論から

  • M1(新館)は自由見学、M2(旧対共分室)は事前予約制——どちらも無料です。ここまで来てM2を見ずに帰ってしまうのが、いちばん多い失敗です。
  • 正式オープンは2025年6月10日。竣工は2024年12月で、それ以前の2019〜2020年には仮運営期間がありました。
  • この建物の主役は展示物ではなく建物そのものです。螺旋階段、幅30cmの窓、1階と5階だけに止まるエレベーター——用途に合わせて設計された装置の数々が、そのまま残っています。

民主化運動記念館とは、どんな場所か

旧・南営洞対共分室の跡地に建てられた国立記念館です。 建物を取り壊さずにそのまま残し、隣に新館を増築して、二棟一体で運営しています。旧建物がM2、新しく建てられた方がM1です。

この場所が記念館になるまでには20年を要しました。民主化運動記念事業会が警察庁に活用計画を提案したのが2005年。大統領が記念館の建設を公式発表したのは、2018年の6・10民主抗争記念式でのことでした。2018年12月に建物が警察庁から行政安全部へ移管され、2021年6月に着工、2024年12月に竣工、そして2025年6月10日に開館しました。

🗓️ 見学情報ひと目で(2026年8月現在)

項目内容
開館日火〜日曜日
見学時間10:00〜18:00(入館締切 17:00)
休館日月曜日(祝日の場合は翌日)、1月1日、旧正月・秋夕当日
見学料無料(M1・M2とも)
M1予約不要、自由見学
M2ホームページ事前予約必須、30分単位で入場
定期ガイドツアー個人 11:00・14:00、団体 10:00・16:00(各40分、定員20名)
特別ドーセント金・土・日 15:00(65分、定員30名)
年齢制限M2は6歳未満入館不可、12歳以下は保護者同伴
駐車場なし——公共交通機関を利用
住所ソウル市龍山区漢江大路71キル37

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M1とM2、どちらを見るべきか

両方見るべきですが、予約が必要なのはM2だけです。 M1は民主化運動全般を扱う常設・企画展示館で、M2は旧対共分室の建物そのものです。予約なしで来てM1だけ見て帰ってしまったら、ここに来た理由の半分を取りこぼすことになります。

予約時の注意点

  • 予約は民主化運動記念事業会のホームページ(kdemo.or.kr)の見学予約メニューから行います。
  • 予約時間に合わせて、まずM1の1階インフォメーションデスクに行ってください。M2に直接向かうのではありません。
  • ガイドツアーを聞くなら、11:00または14:00の回を予約してください。40分・定員20名のため、早めに埋まります。
  • 予約したのに無断キャンセルすると、60日間見学が制限されます。
  • M2は照明が暗く、拷問に関する展示や音声が含まれています。体調のすぐれない日は、M1だけにするのもひとつの選択です。

金壽根はこの建物をどう設計したのか

この建物の設計者は、韓国現代建築を代表する建築家・金壽根(キム・スグン)です。 1976年10月に着工し、発注者は当時の内務部長官・金致烈でした。同時期に彼の手から生まれた建物に、東崇洞のサムトゥ社屋やアルコ美術館があります。実際、記念館側の資料も、対共分室の主出入口の構成がこれら二つの建物とよく似ていると記しています。

問題は、この建物だけに見られる部分です。ここから先は、建築の言語ではなく、用途の言語で読み解かれるものになります。

30cm
5階取調室の窓の幅——他の階は広い開き窓
18
1976年原図面に記された5階取調室の数、すべて監視カメラ配線済
1F↔5F
被疑者用エレベーターが止まるよう設計された階
🌀
螺旋階段
1階から5階までだけをつなぐ円形階段。顔を隠されて連れてこられた人が、いま何階に上がっているのか察知できないように。6階以上へはつながっていません。
🪟
幅30cmの引違い窓
5階取調室にだけ取り付けられた細い窓。人が通り抜けられない幅です。同じ建物の他の階は、ごく普通の開き窓です。
📹
3階ITV機械室
5階取調室18室と3階特別取調室のカメラ配線が、すべてこの一室に集まります。映像も音声も、一ヵ所でモニタリングできる構造です。
🚪
二重正門
外から見れば普通の開き扉ですが、その内側にモーター駆動の重厚なスライドドアがもう一枚。外部からの突入を防ぐための装置です。
🎾
テニスコート
1970年代の官公庁施設としては珍しい設備です。職員が外部に露出することなく体力を維持できるように、と設けられたと伝えられています。
🧱
窓のない西側の壁
線路に面したAMD棟西側には窓が一つもありません。騒音対策が理由とされ、代わりに雨水排水管で壁面デザインを処理しています。南営駅から見える、あの壁です。

敷地の配置そのものも同じ論理に従っています。西は線路、南は米軍基地キャンプ・キムに遮られ、都心の只中にありながら、外から内部をうかがい知ることはできません。記念館の資料はこの点を「用途の性格上、適した場所の選択」と短く記しています。

残る問いがひとつ。 金壽根は、この建物が何に使われるか知っていたのでしょうか。図面に残る防音仕上げ、監視カメラの配線、狭い窓——これらは発注者の要求なしには出てこないものです。ただ、彼がそれをどこまで知り、どう判断したのかについての直接的な記録は残っておらず、いまも建築界で議論が続いています。

5階509号室では何があったのか

1987年1月14日、ソウル大学言語学科の学生・朴鍾哲(パク・ジョンチョル)がこの部屋で取り調べを受け、命を落としました。 22歳でした。警察は当初「机をトンと叩いたら、アッと言って倒れた」と発表しましたが、解剖と関係者の証言により、水拷問と暴行の実態が明らかになりました。

509号室はいま、ガラスで仕切られ追悼空間として保存されています。中に入ることはできず、扉の前から室内を見つめます。浴槽と便器、鉄製のベッドが一坪あまりの空間に一緒に置かれています。

この建物の実態が明らかになるまで

南営洞対共分室の存在が外に知られたのは、1985年の金槿泰(キム・グンテ)拷問事件のときです。当時、民主化運動青年連合の議長だった金槿泰は、ここで受けた拷問を法廷で具体的に証言し、この陳述が建物の性格を初めて公にしました。

それから2年後に朴鍾哲事件が起き、同年5月に隠蔽工作が暴露されたことで6月民主抗争の導火線となりました。この建物が1991年に警察庁保安分室と名を変え、2005年に人権センターへと転換されたことも、同じ流れの延長線上にあります。


見学はどう準備すればいいか

実用的なアドバイス

  • M2の予約時間を軸に一日を組み立てます。 M1はいつでも見られるので、M2の回を先に押さえて、その前後を埋めるほうが賢明です。
  • 所要時間はM1約40分+M2約40〜65分が目安です。
  • M2内は飲食不可で、照明が暗いため写真はほとんど撮れません。カメラより、自分の目で見ることをおすすめします。
  • 到着前に南営駅のホームから建物の西壁を一度眺めてから入館すると、中で見るものと外から見えていたものが重なってきます。
  • ひとりで来ることを勧めます。会話しながら見て回る種類の空間ではありません。

映画『1987、ある闘いの真実』を観た方なら、背景に見覚えがあるかもしれません。朴鍾哲事件の直後6ヵ月を描いたこの映画の舞台がこの建物であり、南営駅と向かい合う西側の壁は、画面にもそのまま登場します。


記念館を見たあと、どこへ行くか

記念館は南営洞のど真ん中にあります。南へ歩けば、印刷所街だった場所にシェフたちの小さな店が軒を連ねる南営洞食べ歩きストリートがあり、東の丘を上がれば厚岩洞(フアムドン)の路地が広がっています。見学を終えて食事をするなら、この二つのエリアが徒歩圏です。

同じ歴史の別の場所をたどりたいなら、新村(シンチョン)から明洞(ミョンドン)、市庁前へと続く1987年6月のルートがあります。延世大学正門の銅板から始まり、聖公会ソウル主教座聖堂と明洞聖堂を通り抜け、ソウル広場で終わる道——まる一日かけて歩くコースになります。

データと出典

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