ソウルで1987年の痕跡を探すのは、思ったより難しいものです。あの夏、何十万人もの人々が集った場所は、いまでは地下鉄の出口や花壇、コーヒーチェーン店に変わっています。

けれど、いくつかには印が残っています。歩道ブロックに埋め込まれた直径数十センチの銅板だったり、聖堂の司祭館前に立つ低い石碑だったり——。知る人だけが立ち止まる種類の印ですから、事前に場所を把握していなければ目に入りません。

4カ所を一日でつなぐ順路をまとめました。新村(シンチョン)から出発し、市庁(シチョン)を経て明洞(ミョンドン)で終わるルートで、出来事が起きた順序とおおむね重なります。

まず結論から

  • 順路は 延世大正門 → 李韓烈記念館 → 聖公会ソウル主教座聖堂 → 明洞聖堂。地下鉄2号線と徒歩だけでつながり、すべて無料です。
  • 屋内見学は 李韓烈記念館の1カ所のみで、平日10〜17時だけ開いています。週末に行くならホームページでの事前予約が必要です——このコースで唯一、時間に縛られるポイントです。
  • いちばん見落としやすいのは 延世大正門前の歩道ブロックの銅板です。正門左手の柱から1.9m、4枚目の歩道ブロックにあります。

1987年6月、何が起きたのか

その年の1月、パク・ジョンチョル(朴鍾哲)が南営洞(ナミョンドン)の対共分室で死亡した事件がすべての始まりでした。 警察は単純なショック死と発表しましたが、5月に隠蔽工作が暴露され、6月10日には全国で糾弾大会が開かれました。デモは6月29日の大統領直接選挙制改憲発表まで、20日近くにわたって続きました。

その20日のあいだに、22歳の大学生がもうひとり命を落とします。延世大経営学科2年のイ・ハンヨル(李韓烈)——6月9日、大学正門前で警察が撃った催涙弾が頭部を直撃し、7月5日に亡くなりました。仲間に抱えられた彼の写真が翌日の新聞に掲載されると、デモの規模は一気に膨れ上がっていきました。

📅 コースに刻まれた1987年の日付

日付場所何が起きたか
1月14日南営洞 対共分室パク・ジョンチョル、5階509号の取調室で死亡
6月9日延世大正門イ・ハンヨル、直射された催涙弾で被弾
6月10日聖公会ソウル主教座聖堂パク・ジョンチョル拷問致死糾弾・護憲撤廃国民大会開催
6月10〜15日明洞聖堂警察を逃れて駆け込んだデモ隊の籠城が6日間続く
6月29日大統領直接選挙制改憲を含む「6・29宣言」発表
7月9日市庁前イ・ハンヨルの葬儀、延世大から市庁前まで葬列が続く

1. 延世大正門 —— 歩道ブロックに埋め込まれた銅板

スタート地点は新村駅ではなく、延世大正門前の横断歩道です。 イ・ハンヨルが倒れた地点に、直径30cmほどの銅板が埋め込まれています。

位置はかなり正確です。李韓烈記念事業会が当時の写真と関係者の証言を照合して地点を考証し、正門左手の柱から1.9m離れた4枚目の歩道ブロックと確定しました。銅板が設置されたのは2016年6月9日、29周忌の日でした。

いまもその上を人々が踏みしめて歩いていきます。案内板も説明書きもないので、探そうと俯いて歩かなければ、まず目に留まりません。

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校門の内側「ハンヨル東山」もぜひ

正門からキャンパスに入り、学生会館の南にある小高い丘——ハンヨル東山と呼ばれる小さな丘があります。1988年9月14日に学生自治会が建てた記念碑が立ち、毎年6月になるとここで追悼式が営まれます。正門から歩いて5分ほど。わざわざ外す理由はありません。


2. 李韓烈記念館 —— 片方だけのスニーカーがある場所

正門から新村方面へ10分ほど歩くと現れる、4階建ての小さな建物です。 麻浦区(マポグ)新村路12ナギル26。路地の奥にあるので、看板を頼りに探してください。

ここに収められた品々は、ほとんどが小さなものです。被弾したときに履いていたスニーカーの片方、着ていた服、22歳の日記や手紙——そんなものばかりです。スニーカーは素材が劣化し、これまでに何度も保存処理が施されてきました。

🕙 李韓烈記念館 見学情報

項目内容
開館時間平日(月〜金)10:00〜17:00
週末・祝日ホームページ事前予約制
入館料無料
住所ソウル市 麻浦区 新村路12ナギル26
問い合わせ02-325-7216

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このコースで時間の決まっている唯一の地点です。平日は午後5時に閉まりますから、新村は午前か早めの午後に組みましょう。


3. 聖公会ソウル主教座聖堂 —— 6月抗争が幕を開けた場所

新村から2号線に乗り、市庁駅で降りれば目の前です。 ソウル市庁の西側、徳寿宮(トクスグン)の石垣道のそばに、赤煉瓦と花崗岩で築かれたロマネスク様式の聖堂が建っています。

1987年6月10日、この場所でパク・ジョンチョル拷問致死の隠蔽糾弾と護憲撤廃を掲げた国民大会が開かれました。聖堂の鐘が合図となり、その音とともに全国22都市で一斉に集会が始まったのです。

聖堂がすぐに封鎖されると、学生たちは明洞へと向かいました。このコースの次の目的地が明洞聖堂であるのは、そのためです。

司祭館の前に 六月民主抗争震源地の記念碑が立っています。1997年、10周年の年に建てられたもので、「六月民主抗争がこの地より始まり、ついに民主化の新たな歴史を開く」と刻まれています。観光客のほとんどは聖堂の建築だけを見て通り過ぎていきます。

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聖堂前のソウル広場も同じ流れの上に

聖堂から通りを一本渡ると ソウル広場です。1987年7月9日、イ・ハンヨルの葬列が延世大を出発し、新村ロータリーを経てこの地に到着。市庁前で路上葬が営まれました。今は芝生に人々が座り、冬になればスケートリンクが出現します。標石はありません。


4. 明洞聖堂 —— 6日間の籠城

市庁から明洞聖堂までは歩いて15分ほどです。 乙支路入口(ウルチロイック)方面へ歩き、明洞の商店街を抜けると、丘の上にゴシックの尖塔が見えてきます。

6月10日の夕刻、警察に追われたデモ隊がこの丘へと駆け込みました。籠城は6月15日まで続き、近隣の商店主や市民たちが食べ物や水を差し入れました。この6日間が、6月抗争の分水嶺として記録されています。

金寿煥(キム・スファン)枢機卿が、突入しようとする警察に告げたと伝わる言葉が残っています。聖堂に入るなら、最初に出迎えるのは自分になるだろう——そういう趣旨の言葉でした。

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いま明洞聖堂の地下には、ショッピングモールとカフェが入る複合空間が広がっています。丘へと続く階段だけが、あの頃と変わらぬ姿です。


どう回ればいい? —— 動線の組み方

🚶 半日コース 標準的な動線

順序場所滞在時間次へ
1延世大正門 銅板 + ハンヨル東山30分徒歩10分
2李韓烈記念館40分新村駅 → 市庁駅、2号線15分
3聖公会ソウル主教座聖堂 + ソウル広場30分徒歩15分
4明洞聖堂30分

出かける前にチェック

  • 平日に行きましょう。 李韓烈記念館が平日10〜17時の運営なので、週中のほうが圧倒的に回りやすいです。週末の場合は必ずホームページで事前予約を。
  • ふたつの聖堂はいずれも現役の宗教施設です。ミサ・礼拝の時間帯は内部見学を控え、聖堂の庭と記念碑を中心に見て回りましょう。
  • 6月初旬に訪れれば、どちらも追悼行事や企画展が重なります。人は多いですが、そのぶん見ごたえもあります。
  • 全区間、徒歩と地下鉄での移動です。歩きやすい靴だけが唯一の持ち物です。

このコースの本当の出発点は、ここではありません。南営洞(ナミョンドン)です。1987年1月、あの場所で起きたことが、6月のすべての場面を引き起こしました。その建物はいま、民主化運動記念館として残されています。もう一日使えるなら、南営洞を先に見てからこのコースを歩く順番をおすすめします。

データと出典

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