ソウルを訪れる旅行者の多くは、まず漢江(ハンガン)を目指します。ところが、ソウルに暮らす人たちが仕事終わりにスニーカーを履いて向かう先は、漢江ではないことのほうが多いのです。マンション群の裏手、アンダーパスをくぐった先、地下鉄駅から徒歩5分——そこにあるのは、地元の川。ソウルは漢江だけで回っている街のように見えて、実はその暮らしの最前線を支えているのは、漢江に流れ込む支流たちです。この記事では、なかでも個性の異なる3本——安養川(アニャンチョン)・中浪川(チュンナンチョン)・良才川(ヤンジェチョン)——を、地元の人が実際に使う目線でご案内します。

まず結論から

  • 3つの川はキャラクターがまったく違います。良才川は「歩く」川、中浪川は「体を動かす」川、安養川は「走る・漕ぐ」川です。
  • 共通点は観光客ゼロ。入場料も、予約も、行列もありません。そのかわり朝6時から夜10時まで人が絶えません。
  • 3本とも自転車道が漢江と直結しており、安養川は義王(ウィワン)まで、中浪川は議政府(ウィジョンブ)まで、ソウルの外へとつづいています。

ソウルっ子はなぜ漢江より川へ行くのか?

答えは「距離」です。漢江公園はたいてい、地下鉄を降りてから地下道をくぐり、階段を上り下りしてようやくたどり着きます。一方、川沿いの散歩道はマンションの裏口から信号を一つ渡ればもうそこ、という距離感。そして漢江にはなく、支流にはあるものがもうひとつ——水音の近さです。漢江は川幅が1km近くあり、水は「風景」として目に入ります。しかし幅50〜150mの支流では、水がすぐ隣を流れているのです。

37km
中浪川の河川延長 — ソウル直轄区間だけでも19.3km、市内最長
32.5km
安養川の河川延長(流域面積286㎢、流域人口 約350万人)
15→ 20種
良才川 復元前BOD 15mg/L・魚類0種→2001年 魚類20種以上
5.45km
中浪川バラのトンネル(228種31万株、韓国最長)

この3つの川は、1980〜90年代までいずれも悪名高い「汚染河川」でした。安養川にいたっては、高校の地学の教科書で環境汚染の代表例としておなじみだったほどです。いま川辺を歩く人のなかで、あの時代を知る世代は「水辺に近づけること自体が不思議」と口をそろえます。ソウルの川さんぽ文化がこれほど熱心なのには、そんな背景があるのです。


良才川(ヤンジェチョン) — 韓国「生態河川」第1号、江南(カンナム)が歩く道

3つの川のなかで最も整備が行き届き、最も「歩かれている」川です。果川(クァチョン)の冠岳山(クァナクサン)のふもとから流れ出し、瑞草区(ソチョグ)と江南区(カンナムグ)を横切り、鶴灘(ハンニョウル)で炭川(タンチョン)と合流する総延長15.6kmの川。ソウル市内区間は瑞草区3.7kmと江南区3.5kmのわずか7.2kmですが、短いぶん密度が濃いのです。

この川が特別な理由

1970年代の開浦(ケポ)土地区画整理事業により、蛇行していた流れは直線のコンクリート水路に変えられました。1995年、ソウル市と江南区はこのコンクリートを剥がし、自然型河川復元工法を韓国で初めて適用しました。復元直前の良才川のBOD(生物化学的酸素要求量)は平均15mg/L、5等級で、魚は1匹も確認されていませんでした。2001年の調査では魚類が20種以上、鳥類が10種から42種に増加。現在、江南区間3.7kmには鳥類約40種と植物300種以上が生息しています。2015年にはソウル市未来遺産に指定されました。

散歩する人の目線で見た良才川の本当の特徴は、遊歩道が3層構造になっていること。水辺にいちばん近い下の道が自転車道、それより高い2本の道が歩行者専用です。自転車のベルの音を気にせず歩けるし、桜の季節には「下から見上げるか、上から通り抜けるか」でまったく違う景色になります。

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メタセコイア並木
鶴灘駅そばの永東6橋から永東1橋まで3km。京釜高速道路を越えて牛眠山(ウミョンサン)のふもとまで足を延ばせば4km超。夏の昼下がりでも木陰が途切れない絶品ルート。
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黄土路(ファントギル)900m
永東4橋〜永東5橋のあいだ。裸足で歩く専用の土の道です。朝7時台と夜7時台には、靴を手に持って列になって歩く人々の姿が見られます。
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永東1橋バラのトンネル
永東1橋〜永東2橋の200m区間、四季咲きバラ650株。夜はイルミネーションが灯ります。中浪川のバラトンネルの27分の1の規模ですが、江南のど真ん中というアクセスの良さが魅力。
良才川カフェ通り
道谷(トゴク)駅〜メボン駅のあいだの住宅街。20年ほど前デートコースとして始まり、いまではカフェ・レストランが140軒以上。窓から川を眺める席を狙うなら、平日の午後がベター。

📍 Naverマップで開く — 良才川 メタセコイア並木

📍 Naverマップで開く — 良才川カフェ通り

良才川を200%楽しむコツ

  • スタートは鶴灘(ハンニョウル)駅(3号線)。3番出口から川まで徒歩3分。ここから上流へ向かって歩けば橋の番号が減っていくので、まず迷いません。
  • 桜は永東1橋〜永東2橋が中心エリア。4月上旬の週末午後は混み合うので、平日の朝を狙ってください。
  • 良才川 → 炭川 → 漢江と歩き継げば、蚕室(チャムシル)まで行けます。鶴灘の炭川合流部が「乗り換え」ポイントです。

中浪川(チュンナンチョン) — ソウル最長の川、5月はバラが5km

京畿道・楊州(ヤンジュ)から流れ出し、議政府(ウィジョンブ)を経て、聖水洞(ソンスドン)の江辺北路の下で漢江に合流します。河川延長37km、流域面積288㎢、最大幅150m。ソウル市直轄区間だけで19.3kmあり、ソウル市内の河川で最長。かの清渓川(チョンゲチョン)も中浪川の支流です。

中浪川を知っている人と知らない人は、5月で分かれます。中浪(チュンナン)ソウルバラ祭りは2年連続で来場者300万人を超えているのに、外国人旅行者のあいだではほとんど知られていません。228種31万株、韓国最長5.45kmのバラのトンネル。全区間無料です。

2026年の祭り日程:第18回 中浪ソウルバラ祭りは 5月15日(金)〜23日(土) の9日間。ただし「祭り」はステージやブースが出る期間のことで、バラのトンネル自体は常時開放されています。人混みを避けたいなら祭り翌週の平日午前中が狙い目。花は6月初旬まで残っています。

📍 Naverマップで開く — 中浪バラ公園

花のない季節の中浪川は、まったく別の顔を見せます。この川のアイデンティティは 「運動」 。君子橋(クンジャギョ)の第1体育公園から二鶴橋(イハクキョ)の第5体育公園まで、河川敷がまるごと市民スポーツ施設になっています。

⚽ 中浪川 体育公園(東大門区 区間、君子橋〜二鶴橋)

公園位置施設予約
第1体育公園君子橋パークゴルフ場、テニスコート、ゲートボール場ゲートボール場は随時、他は要予約
第2体育公園ジョクグ(韓国式フットバレー)場事前予約
第3体育公園謙斎橋(キョムジェギョ)フットサルコート、バスケットコート事前予約
第4体育公園ゲートボール場随時利用
第5体育公園二鶴橋フットサルコート事前予約

謙斎橋のフットサルコートを例にとると、営業時間は7:00〜19:00、利用料は平日33,000ウォン/週末・祝日42,900ウォン。東大門区施設管理公団の統合予約サイトで事前に押さえる必要があり、現地は無人運営です。隣にはバスケットコートとキャッチボールができるスペースもあり、夕方には3〜4チームが同時に汗を流しています。

野鳥観察に来る人たち

中浪川にはフナやコイが棲み、カルガモやコサギは難なく見つかります。とりわけ清渓川と中浪川が合流するポイントは、チュウダイサギ・アオサギ・カワウが集まるスポットとして知られています。魚食性の鳥が集まるのには理由があります。2つの流れが交わる場所は水深と流速が多様になり、餌が豊富になるからです。双眼鏡なしでも観察できる距離です。

📍 Naverマップで開く — 謙斎橋(第3体育公園)


安養川(アニャンチョン) — 「汚染河川の代名詞」が桜の十里道になるまで

義王市(ウィワンシ)白雲山(ペグンサン)のふもとに端を発し、軍浦(クンポ)・安養(アニャン)・光明(クァンミョン)を経て、ソウル衿川(クムチョン)・九老(クロ)・陽川(ヤンチョン)・永登浦(ヨンドゥンポ)を貫き、城山大橋(ソンサンテギョ)の西側で漢江に合流します。河川延長32.5km、流域面積286㎢。流域人口は約350万人。これは韓国の地方中核都市ひとつ分に匹敵します。

安養川の物語はから始まります。1999年、衿川区の住民1,000人が手作業で桜の苗木700本を植えました。その後、遊歩道に沿って100本以上が追加されました。行政が整備した街路樹ではなく、住民が自分の手で植えた木——その事実が、春のこの区間に独特の空気を生み出しています。

🌸
衿川橋〜光明橋
安養川の堤防で桜が最も密な区間。道の両側に桜が立ち、歩いているあいだずっと花のトンネルです。衿川区から陽川区まで、堤防道が途切れずにつづきます。
🚶
桜の道(ポッコッロ)4km
衿川区庁駅から加山デジタル団地駅まで約4km。川沿いではなく道路脇ですが、地元では「桜の十里道」と呼ばれています。川の散歩道とセットで歩くのが定番コース。
パークゴルフ場
安養川の河川敷に点在。陽川区間は無料で人気が高く、開門と同時に場所を取ろうと駆け寄るお年寄りたちの「オープンラン」が日常風景です。
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秋のススキ
ヤナギやアシが主な植生で、秋になるとススキが河川敷を覆います。桜の季節より人が格段に少なく、写真を撮るなら断然こちらの季節がおすすめ。
「川をよみがえらせる」とはどういうことか、目で見たいなら:安養川は1980〜90年代、汚染河川の代名詞でした。いまはコイ・フナ・カワムツが棲む水に変わっています。ソウル都心河川のBODは当時に比べて最大95%まで低下しました。上流の安養市区間には安養川生態物語館(延床面積1,500㎡)があり、花蒼湿地(ファチャンスプチ)の野鳥観察デッキと地下通路で結ばれています。

📍 Naverマップで開く — 安養川 桜並木

📍 Naverマップで開く — 安養川生態物語館


自転車に乗るなら、川こそが「高速道路」だ

ソウルの川の最も実用的な使い道。それが自転車道です。漢江自転車道が東西を結ぶ大動脈だとすれば、支流の自転車道は南北に伸び、ソウルの外まで連れ出してくれます。安養川をたどれば義王市・高川洞まで、中浪川をたどれば議政府まで、炭川をたどれば城南(ソンナム)まで。信号も、車道への進入もありません。

🚲 川の自転車道で行ける先

漢江合流点遡ると特徴
安養川城山大橋 西側光明 → 安養 → 義王 高川洞平地中心、初心者に最適
中浪川聖水洞 江辺北路下議政府 → 楊州ソウル区間だけで19.3km、最長
良才川炭川経由(鶴灘)果川 → 冠岳山麓川幅が狭く、速度より散策向き

サイクリング愛好家のあいだには、これらの支流をつなぎ合わせた**「ハートコース」**というルートがあります。漢江を出発して 炭川 → 良才川 → 果川 → 鶴儀川(ハギチョン) → 安養川 と進み、汝矣島(ヨイド)へ戻ってくる総延長66kmの一周ルート。地図に描かれた軌跡がハートの形になることから、この名がつきました。1日で走りきれる手頃なロングライドです。

タルンイ(ソウル市シェアサイクル)を使うなら

  • 3つの川とも、河川敷の進入路ちかくにタルンイの貸出所があります。ただしソウル市境界を越えると返却不可なので、往復プランで組み立ててください。
  • 川の自転車道は歩行者優先です。とくに良才川は遊歩道と自転車道が近接しているため、週末の午後はスピードが出せません。
  • 雨の翌日は、河川敷が冠水していたり泥が残っていたりします。大雨のあと1〜2日は避けるのが無難です。

いつ行くのがいちばんいい?

🗓️ 季節別おすすめ河川

時期おすすめの川見どころ
3月下旬〜4月上旬安養川、良才川桜。安養川は堤防全体が花のトンネル、良才川は永東1〜2橋
5月中旬〜6月上旬中浪川5.45kmのバラのトンネル。バラ祭りは5/15〜23
6〜8月良才川メタセコイアの木陰。日没後の黄土路・裸足ウォーキング
9〜10月安養川ススキ。桜の季節より人が格段に少ない
11〜2月中浪川、良才川体育施設利用、バラのトンネル夜間イルミネーション

時間帯も、川によって表情が変わります。朝6〜8時はランニングと裸足ウォーキングの時間。午後2〜4時はベビーカーとお年寄りの時間。夜7〜9時は仕事帰りの散歩と愛犬の時間です。観光客として最も歩きやすいのは午後2〜4時台ですが、ソウルっ子が川をどう使っているかを見たいなら、夜7時以降が断然おすすめです。

行く前に知っておきたいこと

  • トイレとコンビニは橋のたもとにあります。橋と橋のあいだの区間には何もないので、飲み物は事前に買っておきましょう。
  • 夏の集中豪雨時は河川敷全体が立ち入り禁止になります。川はもともと洪水調整用に設計された空間なので、大雨が降れば遊歩道が水没します。場内放送と進入バーを無視しないでください。
  • レジャーシートやテントのルールは漢江公園と異なります。支流の河川は自治区ごとに管理しているため基準がまちまち。大規模なピクニックなら漢江公園のほうが確実です。
  • 夜間照明は区間ごとに途切れます。とくに安養川の上流側は暗い区間があるため、夜遅くのひとり歩きにはおすすめしません。

結局、どこへ行けばいい?

🎯 目的別かんたんマッチング

こんな気分ならおすすめの川理由
静かに長く歩きたい良才川歩道と自転車道が分離された3層構造
カフェと散歩をセットにしたい良才川道谷・メボンのカフェ通り140軒以上が川沿いに
花を見に来た(5月)中浪川5.45kmバラのトンネル、無料
花を見に来た(4月)安養川住民が植えた桜800本超の堤防道
体を動かしたい中浪川体育公園5か所、フットサル・ジョクグ・テニス・パークゴルフ
自転車で遠くへ行きたい安養川平地中心、義王までノンストップ
鳥や自然を観察したい中浪川/安養川清渓川合流部のサギ類/花蒼湿地の野鳥観察デッキ
人がいない場所を求めている安養川(秋)ススキの季節は桜の時期の数分の一の人出

3つの川を1日で全部見る必要はありません。むしろひとつだけ選んで、水の流れに沿って1時間ほど歩いてみる——そのほうが、ソウルという街を理解するにはずっと近道です。漢江はソウルの「顔」ですが、川はソウルの「暮らし」そのものだから。

データと出典

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