まず結論から

  • 『トレンドコリア』は、ソウル大学消費トレンド分析センターが毎年秋に出す翌年の消費トレンド予測本です。2027年版は19冊目で、スローガンはひつじ年にちなんだアルファシープ(ALPHA SHEEP)。
  • 10大キーワードは倦怠社会・ライフROI・フォームファクター・シフト・ヘボム経済・保存人類・バイブ・ワーキング・リ:テンション戦略・ヒューマンエッジ・ハーフシグナル・眼識資本。
  • 今年のキーワードには「AI」という単語がひとつもありません。AIはもう日常の前提になったので、技術そのものより、それが人をどう変えるかを見るべきだ、というのが研究チームの主張です。
  • 旅行者にとっては「韓国の人って最近なんであんなことしてるの?」を読み解く解説書として使えます。ただし予言書として信じ込む必要はありません。批判も同じくらい多いので。

10月のソウルの地下鉄で、ノートパソコンを開いた会社員の画面をちらっと見ると、かなりの確率で同じ単語が並んでいます。「フィルコノミー」「根本イズム」「ヘルシープレジャー」。来年の企画書を書く季節で、その企画書の言葉のかなりの部分が、たった一冊の本から来ています。毎年秋、書店の平台のいちばん前に積まれる『トレンドコリア』です。

日本から来た旅行者にはなじみのない本ですが、その「成果物」はもう目にしているはずです。聖水洞(ソンスドン)のポップアップの宣伝文句、コンビニ新商品の妙な形、行列のできる伝統スイーツ店の韓紙の包み紙まで。この記事では、出たばかりの『トレンドコリア2027』のキーワード10個を旅行者目線でほどき、2026年のソウルで実際に見えた光景と結びつけてみます。韓国の若者言葉そのものが気になる方は、2026年版・韓国MZ世代の新語まとめもあわせてどうぞ。


『トレンドコリア』ってどんな本?なぜみんなその言葉を使うの?

ソウル大学消費者学科のキム・ナンド(金難道)名誉教授が率いる研究チームが、翌年の韓国の消費トレンドを毎年10個のキーワードにまとめる年刊の予測本です。2027年版はキム教授ほか12人、計13人の共著で、出版社はミレエチャン(未来の窓)。研究チームは9月末、ソウル中区の韓国プレスセンターで出版記者懇談会を開いてキーワードを発表しました。

19冊目
2027年版のシリーズ通し番号(1冊目は『トレンドコリア2009』)
13人
2027年版の共著者数(キム・ナンドほか12人、ソウル大学消費トレンド分析センター)
12週
2026年版が教保文庫で総合1位を続けた週数、シリーズ最長記録(2025年12月発表)
22,000ウォン
2027年版の定価、400ページ(毎日新聞〈大邱〉報道)

この本が変わっているのは、売れ行きよりも使われ方です。発売されると企業のマーケティングチームがキーワードをそのまま企画書のタイトルに写し、流通各社は「今年のキーワードに合わせた」売場や商品を打ち出します。2010年代半ばから後半には、業界の提案書にこの本の用語が入っていないものはないほどだった、という振り返りもあります。つまり韓国の人にとってトレンドコリアのキーワードは「来年起きること」というより「来年みんなが口にする言葉」に近いのです。

背景:なぜ「羊」なのか

このシリーズは毎年、その年の干支でスローガンをつけます。2026年は丙午(ひのえうま)でHORSE POWER、2027年は丁未(ひのとひつじ)でALPHA SHEEP。羊は群れについていく動物の象徴ですが、そこにギリシャ文字の最初の一文字アルファを足して「流されず、自分で判断して先に動く人」という意味にしました。キム教授は「超知能的な存在が現れたことで、人が主体性を守るのは以前より難しくなっている」という診断からこの名前が生まれたと説明しています。

『トレンドコリア2027』の10大キーワードは?

倦怠社会、ライフROI、フォームファクター・シフト、ヘボム経済、保存人類、バイブ・ワーキング、リ:テンション戦略、ヒューマンエッジ、ハーフシグナル、眼識資本です。今年いちばんの特徴は、どのキーワードにも「AI」が入っていないこと。キム教授は「AIはもう日常の汎用必需品になった」として、技術の名前の代わりに、その技術が社会・組織・個人をどう変えるかでキーワードをまとめたと話しています。

📚 『トレンドコリア2027』10大キーワード早見表(英語表記は韓国メディア報道に準拠、報道のないものは意訳)

キーワード英語にするとひとことで
倦怠社会(クォンテ社会)Society of overload boredom刺激はあふれているのに、肝心の「楽しい」がない過剰型の倦怠
ライフROILife ROIお金だけでなく時間・人間関係・趣味まで投資収益率で測る態度
フォームファクター・シフトForm factor shift機能を足す代わりに、製品の形と使い方を変えるイノベーション
ヘボム経済(やってみる経済)Try-it economyAIのおかげで一人でもまずやってみて、走りながら直す流れ
保存人類Archiving humans会議も授業も食事も、とりあえず全部記録して後で選ぶ習慣
バイブ・ワーキングVibe workingAIを付け足すのではなく、人とAIがひとつの流れで働くよう業務を設計し直す
リ:テンション戦略Retention strategy新規客より、既存客がまた来て長くいてくれる理由をつくる戦略
ヒューマンエッジHuman edgeAIが平均点を上げるほど、人の選択・判断・痕跡が差になる
ハーフシグナルThe half signal更年期を終わりではなく人生の折り返しのサインと受け止める中高年消費者
眼識資本(アンモク資本)Eye capital誰でも作れる時代に「いいものを見抜く目」が資本になる

研究チームは10個をさらに3つに分けています。社会はどう変わるか(倦怠社会・ライフROI・保存人類・ハーフシグナル)、企業と組織はどう応えるか(フォームファクター・シフト・バイブ・ワーキング・リ:テンション戦略)、個人は何をすべきか(ヘボム経済・ヒューマンエッジ・眼識資本)。以下もこの順番でたどります。


社会:韓国の人たちはいま何に疲れているのか

倦怠社会 ― 忙しいのに、つまらない

ショート動画をスワイプしながらNetflixを流しっぱなしにして、それでも「もっと面白いのないかな」と探し続ける状態。研究チームはこれを昔の「やることがなくて退屈」とは区別して過剰型の倦怠と呼びます。キム教授の言葉を借りれば「忙しい人は多いのに、楽しいと言う人を見かけるのが難しい」社会です。人間関係に疲れた「クァンテギ(関係倦怠期)」、本に疲れた「チェクテギ(読書倦怠期)」といった新語も紹介されました。

旅行者に見える光景:この倦怠の裏側に、ソウルの人がわざわざ「何もしない」を求めに行く風景があります。盤浦(パンポ)漢江公園の潜水橋(チャムスギョ)で毎年開かれる漢江ぼーっと大会は、90分間いちばんぼーっとしていた人を選ぶイベント。2025年の第9回には約4,500チームが応募し、過去最高の57倍という競争率になりました。何もしないことにこれだけ人が集まること自体が、倦怠社会の素顔です。 漢江公園で守るべきルールは漢江公園の利用ルールと過料にまとめています。

ライフROI ― 人生も投資収益率で

かけたものに対して得るものを測る計算が、お金を超えて時間・職場・人間関係・趣味にまで広がった、というキーワードです。記者懇談会では、欠席できる回数を計算して「学期最後の授業は休みます」とメールを送ってきた学生の例が紹介されました。面白いのはその反作用で、効率が低いと判断した関係は整理する一方、残った家族との関係はむしろ濃くなり、母・祖母・姉に夢中な人を指す新語まで生まれています。

旅行者に見える光景:母と娘の二人旅、祖父母を連れた孫の旅行者がやけに多い理由。動画を1.5倍速で見ながら「シソンビ(時間コスパ)」を気にする習慣も、ここにつながっています。キム教授自身は「偉大な成果は損得を考えない没入から生まれた」として、この流れが望ましいとばかりは言えないと線を引きました。

保存人類 ― とりあえず撮る、とりあえず録る

フィルム1本36枚だった時代は、慎重に選んで撮っていました。いまは保存容量の制約がなくなり、AIが検索までしてくれるので、まず全部記録して後で選ぶのが基本になりました。会議や授業や会話を録音し、行った場所・食べたもの・運動の記録をアプリに残す。研究チームは、企業にとってはアーカイブ管理が、個人にとってはプライバシー流出のリスクが同時に大きくなったと指摘しています。

旅行者に見える光景:繁華街の路地ごとにある無人の写真ブース、料理が来るとスプーンより先にスマホが伸びる食卓、公演をまるごと撮るファン。写真ブースのブランドごとの違いは韓国の写真ブース・ブランド比較をどうぞ。

ハーフシグナル ― 更年期は折り返し地点

更年期を迎えたX世代が新しい消費の主役として浮上する、というキーワードです。平均寿命が延びたぶん、更年期は「人生の終盤」ではなく折り返し地点であり、この時期に健康・関係・消費・自分自身を設計し直す人が増えているという診断です。更年期を隠さずに話すケンミングアウト(更年期+カミングアウト)という言葉が一般化し、海外では更年期ガイドラインや休暇制度を導入する企業も出てきていると研究チームは紹介しました。若者や高齢者向けの制度は多いのに、更年期の層への対策は足りないという問題意識も込められています。


企業:お店と商品はどう変わっているのか

フォームファクター・シフト ― 同じ機能、違う形

性能競争が飽和した市場で、企業が製品の形を変えて新しい需要をつくる、というキーワード。旅行者にとっては10個の中でいちばん目に入りやすいキーワードでもあります。ダイソー、オリーブヤング、スーパーの棚で「なんでこの形?」と思うもの、それがまさにこれです。

🪙
コイン出汁
コインのような固形出汁を沸騰したお湯にひと粒入れればスープに。CJ第一製糖のリング型の商品は、発売から1年あまりで700万袋売れたと同社が発表しています。
🩹
貼るビタミン
飲む代わりに肌に貼るビタミンパッチ。2026年、韓国のファッション・美容メディアがこぞって紹介しました。効果を独立に検証したデータはまだ乏しいです。
🦷
タブレット歯磨き・固形シャンプー
噛んで使う歯磨き、石けんのようなシャンプー。機内の液体持ち込み制限を気にする旅行者には特にありがたい「形の革新」です。
📺
持ち歩けるテレビ
キャスター付きスタンドの移動式テレビ(LGのStanbyME)も研究チームが挙げた例。キーリングのように付けるリップグロスも同じ流れです。

バイブ・ワーキング ― AIがあるのに、なぜ仕事が減らないのか

AIを導入するだけでは生産性はそれほど上がらない、という問題意識から生まれたキーワードです。研究チームはマッキンゼーの調査を引いて、AIで営業利益が上がったと答えた企業は5%にも満たないと紹介し、部下がAIで書いた報告書を上司がAIでチェックして突き返すAIピンポンを典型的な空回りとして挙げました。解決策は、業務データをAIが読める形に整え、人とAIがひとつの流れの中で働けるよう働き方そのものを組み直すこと。正直、観光客の目に直接見えるキーワードではありません。ただ韓国の会社員との会話でこの言葉を出すと、たいてい苦笑いが返ってきます。

リ:テンション戦略 ― 新規客より常連

人口が減り市場が停滞するなかで、企業の重心が新規顧客の獲得から既存顧客の維持へ移っている、というキーワードです。研究チームは新規顧客1人を呼び込むのに1万5,000〜2万ウォンかかるのに、特典だけもらって去る人が多いと指摘し、親切や便利さを超えて「大切にされている」と感じさせる体験を提案しました。

2026年、韓国の通信大手3社がまさにその光景を見せてくれました。

📱 2026年、通信3社の「長期顧客限定」体験イベント(デジタルデイリー、5月20日報道)

通信会社イベント対象規模
SKテレコムエバーランド「森キャンプ」貸し切りの「森カンスデー」(5月)加入10年以上の長期顧客約1,800人を招待、最高863倍の競争率
LG U+春川(チュンチョン)レゴランドの「レゴランドRUN」(5月16日)VIP以上・利用5年以上の顧客約4,000人
KTKTウィズのホームゲーム招待・ウィズパークのキャンプゾーンモバイル・ネット・TVのセット契約5年以上の顧客約34チーム(100人余り)

旅行者に見える光景:韓国のお店にメンバーシップアプリ、スタンプ、会員限定価格がやたらと多い理由です。外国人もパスポートだけで入れる百貨店の観光客メンバーシップがあるので、ソウルの百貨店・外国人割引をチェックしてみてください。


個人:では、人には何が残るのか

ヘボム経済 ― 完璧に準備せず、まずやってみる

AIが実行のコストを下げたことで、個人が資本も人手もなしにすばやく試せるようになった、というキーワードです。記者懇談会では、テレビ局のプロデューサーを辞め、AIで台本・オーディオブック・声優・BGMを一人で作って100本以上の童話を制作した人の例が紹介されました。キム教授は「昔は完璧になるまで準備したが、いまは早くやってみることが大事だ」と話しています。

ヒューマンエッジ ― 人がやったという痕跡

AIが成果物の平均的な完成度を引き上げるほど、そこに残る人の選択・判断・責任、手仕事の味や小さな欠点がかえって価値になる、というキーワードです。研究チームは、俳優が体を張って演じた舞台が人気を集めた例と、哲学科の競争率上昇を挙げました。

実際、2027年度の大学入試の随時募集で、哲学科の競争率は目立って高くなりました。鍾路学院の分析を報じた週刊京郷によると、高麗大学哲学科は4人の募集に452人が志願して113倍、延世大学は78倍、ソウル大学は15.44倍。AI時代には問いを立てて筋道を立てる力が大事になるという期待と、法科大学院の準備に有利だという計算が重なったという分析です。

眼識資本 ― いいものを見抜く目

誰でもある程度のものを作れるようになると、その中から本当にいいものを選び出す目が、社会的な影響力や経済的なチャンスに変わる資本になる、というキーワードです。研究チームは、20〜30代が病院を選ぶときに医療スタッフのセンスや空間の雰囲気まで基準にする例を挙げました。キム教授は「AI時代の本当の勝者は、AIを上手に使う人ではなく、眼識を備えた人だ」と語り、手で直接メモを取ること、専門家の意見を探して読むことを、目を養う方法として勧めています。

旅行者に見える光景:聖水洞や漢南洞(ハンナムドン)のセレクトショップ、キュレーション書店、メニューが3つしかないカフェ。「たくさん売る店」より「うまく選んだ店」が行列をつくる街が、ソウルでは増えています。聖水洞カフェTOP10がそのいい予習になります。

去年のキーワード(トレンドコリア2026)は当たった?

いくつかはソウルの街でかなりくっきり見え、いくつかは実感しにくいものでした。2026年版のスローガンは、丙午にちなんだHORSE POWER。今年このサイトで取り上げた光景と照らし合わせると、こうなります。

🐎 トレンドコリア2026のキーワードと、2026年のソウルで見えた光景(SeoulWindowの見立て)

2026年キーワード意味2026年のソウルで見えた光景
根本イズム元祖・本質・本物を求める傾向フルーツ餅を「伝統スイーツ」として包み直した韓貞仙の行列、全国の餅屋巡り「トッチスルレ」
健康知能HQ健康を理解し管理する力が競争力に漢江と都心を埋めたランニングクルーのブーム
フィルコノミー性能より気分が購買を左右する年初を席巻した「マルランイ」などの感触系グッズ
ピクセルライフ小さく短い体験を積み重ねて人生を満たす数日で消えるポップアップストアのはしご
プライス・デコーディング価格の中身を見極めてから払うはっきりした代表的な光景は挙げにくい
ゼロクリック検索せずアルゴリズムのおすすめどおりに買うショート動画1本で起きるオープンラン
ヒューマン・イン・ザ・ループAI時代でも人の判断と介入が必要旅行者には実感しにくい
レディコア事前に準備・シミュレーションしてリスクを減らす旅行者には実感しにくい
AX組織AI導入で組織がプロジェクト中心に再編旅行者には実感しにくい
1.5世帯一人暮らしでも適度につながる暮らし旅行者には新しい変化として挙げにくい

根本イズムと健康知能は、このサイトの記事だけでも根拠が十分です。漢字の屋号と韓紙の包装でフルーツ餅に2時間の行列をつくった韓貞仙(ハンジョンソン)の話、週末の朝ごとに漢江を走るクルーを取り上げた韓国ランニングブームの解説がそうです。逆に組織や業務のキーワードは、旅行者が確かめる方法がほとんどありません。この本を読むときは「街で見えるもの」と「会議室にしかないもの」を分けて考えると、ずっと混乱しにくくなります。

批判もあわせて知っておきましょう。『トレンドコリア』には毎年「造語が強引だ」「社会の変化が速すぎて予測が当たらない」「キーワードがどんどん曖昧になっている」という指摘がついて回ります。この本がマーケティング業界の共通語になったぶん、キーワードがトレンドを予測するというより、キーワードが流行るから企業がそれに合わせた商品を出し、予測が自ら実現していく、という見方もあります。だから「未来の予言書」ではなくいまの韓国社会を切り取ったスナップ写真として読むのがちょうどいい、というのが多くの読者の結論です。

実用メモ:旅先でキーワードを使いこなすコツ

  • 会話のきっかけに:韓国の友人に「最近は倦怠社会なんだって?」とひとこと振るだけで、30分は話が続きます。たいてい「それ自分のことだ」と笑います。
  • 買い物のレンズに:ダイソー・オリーブヤング・コンビニで変わった形の商品を見つけたら「フォームファクター・シフトだな」と手に取ってみてください。話のタネになるお土産にもなります。
  • 街選びに:眼識資本とヒューマンエッジが気になるなら聖水・漢南のセレクトショップや小さな工房へ。倦怠社会の反対側が見たいなら、平日夕方の漢江公園が答えです。
  • 本を買うなら:韓国語版は教保文庫や永豊文庫など大型書店の平台のいちばん前にあります。海外版の刊行は出版社の告知で確認してください。

来年のいまごろには、この10個のうちいくつかは誰も覚えておらず、いくつかは韓国の人の日常語になっているはずです。どちらに転ぶかをソウルで自分の目で確かめるのも、なかなか面白い旅の仕方です。いまソウルで何が食べられているか気になる方は2026年ソウル外食トレンドと韓国スイーツ流行年表もどうぞ。